選び直し

           山谷 篤 神父
私は二〇〇〇年の大聖年に司祭に叙階され
ました。今年は通常聖年ですが、ちょうど叙

階から25年の銀祝を迎えます。今年の私の
テーマは「選び直し」ということでしょう
か。修道生活に入るときには、はたして自分

に務まるのか? 本当に召命があるのか?
いろいろ悩んで未知の世界を選びました。こ

れが最初の選びです。
しかし、修道生活の中に入るといろいろと
現実が見えてくるわけです。結婚生活も同じ
かも知れませんね。こんなはずじゃなかった
とか、思い描いていた理想と現実は違うわけ
です。そこで私たちはこの現実をもう一度選
び直す必要が出てきます。これが選び直しで
す。この選び直しは未知のものを選ぶのでは
なく、もう十分分かっている現実を選ぶこと
です。皆さんの四旬節の歩みも同じことでは
ないでしょうか。私たちは洗礼を受けました
が、この洗礼の恵みをもう一度選び直す歩み
なのではないでしょうか。
四旬節第1主日の福音はパンの誘惑、高い
山での誘惑、神殿での誘惑の3つの誘惑のお
話です。今年はC年ですからルカ福音書が読
まれます。ルカとマタイはほぼ同じ内容の誘
惑のお話を載せていますが、微妙に違っても
います。
大きな違いは3つの誘惑の順番です。マタ
イはパン↓神殿↓山となっていますが、ルカ
ではパン↓山↓神殿の順番で、山と神殿の順
番が入れ替わっています。
このルカ福音書の順番は、イエスの生涯の
出来事と対応しています。パンの誘惑は、イ
エスが5000人にパンを与える奇跡のお話
と。高い山のお話は、イエスのご変容の場面
と。そして最後の神殿から飛び降りる誘惑
は、イエスの十字架の場面、とくに「ユダヤ
人の王なら自分を救ってみよ」という言葉に
対応しているでしょう。
つまり、ルカは神殿の屋根から飛び降りる
誘惑を十字架の場面と結び付けているので
す。そして、ルカ福音書はこの最後の神殿に
特別な意味を見ているのです。
ルカ福音書の冒頭は、神殿で香を焚く祭司
ザカリアのお話から始まっています。そして
福音書の最後は弟子たちが「絶えず神殿の
境内にいて、神をほめたたえていた。」と終
わっています。つまり、神殿で始まり、神殿
で終わっているのです。そこには、旧約の祭
司の時代から、新約の新しい礼拝の時代が始
まったことが示されているのです。つまり神
殿とは、イエスの十字架によって開かれた人
間と神様との交わりであり、神と人との新し
い関係を象徴しているのです。
イエスは旧約時代を否定しているのではあ
りません。むしろ、旧約によって結ばれた神
と人との関係を新しくされたのです。
私たちはこの四旬節に、洗礼によって神の
子とされたその恵みをもう一度選び直し、神
様との新しい関係を生きるように召されてい
るのです。

 

 


携帯電話

 

間野 正孝 神父


主のご復活をお喜び申し上げます。今年の
ご復活はどのように迎えていますか?
2025年度が始まりました。皆様にとっ
て昨年1年、固定電話や携帯電話を使って何
度お話をされたのでしょうか?
今の時代、小学生からお年寄りまでたくさ
んの方々が携帯電話を持ち、さまざまな場所
で電話ができるようになりました。そのた
め、常に携帯が身近にないと不安に駆られ
「携帯依存症」という言葉も出ていると聞き
ます。皆さんはいかがでしょうか?
約35年前、携帯電話が私の周りでも使われ
だした時、公衆電話ボックス前で通話してい
る人を見かけ、その人の気持ちが理解できま
せんでした。というのも当時の公衆電話の料
金が3分10円に対して携帯電話は約10秒前後
で10円という、公衆電話の何十倍の高い料金
だったからです。「目の前に公衆電話がある
のに…」と。
料金が高い。携帯に縛られて自由がなくな
る。固定電話や公衆電話で十分連絡が取れる
等々の理由で私自身しばらく持ちませんでし
たが、しかし時代の流れと共に…。
その理由の1つが公衆電話の減少です。あ
る外出時、連絡を取ろうとして公衆電話を探
しましたが、見つけるのに30分以上かかり、
相手に大変な迷惑を掛けてしまいました。そ
れを機に携帯(ガラケー)を購入しました。
公衆電話が減った要因も携帯が増えたためと
思います。
携帯電話と言えば以前、面白いユーチュー
ブ動画を観たことがあります。
アメリカの教会で荘厳に結婚式が行われて
いる最中、司式者である神父様のポケットの
中の携帯が大きく鳴りだしました。神父様
はおもむろに携帯を取り出し誰かと話しだ
します(普通では考えられない非常識な行
為)。しばらく話して電話を切り、神父様が
一言『今、ある方からとても大切な連絡が入
りました。その方は次のように言っていまし
た「今、結婚式を挙げているお2人の上に父
と子と聖霊の名によって天国から祝福を与え
る。幸せな家庭を築いて下さい。イエスよ
り」』と。新郎新婦をはじめ眉間にシワを寄
せていたご両親、参列の方々は皆喜びの笑顔
になり、とても和やかな雰囲気に変わりまし
た。アメリカンジョークですが『この神父な
かなかやるな』と感心しました。もしこのよ
うなことが日本で起きたならどうでしょう?
スマホ、アイフォン、タブレット、ライ
ン、フェイスブック、インスタグラム、ズー
ム、ログイン、パスワード、パソコン等々の
カタカナ文字や言葉が飛び交っている現代、
この神父様のように携帯電話を通して、喜び
の笑顔へと招く福音の道具として今年も使い
たいものです